2024年 02月 27日
2024年2月18日(日) ぶらさかば 善福寺川をさかのぼる2024年2月18日(日) ぶらさかば 善福寺川をさかのぼる
サヘル定例活動
立春の節気の終わりである。このところ東京地方は比較的暖かい。18日の天気予報は曇り、最高気温13度、最低気温4度ほどである。テレビでは伊豆のカワヅザクラのピンクの花の映像が流れている。
今日の現場は善福寺川。善福寺川は杉並区の西端にある善福寺池から東へ流れて、中野区との境で神田川に合流する全長10.5kmの河川である。武蔵野台地を削りながら、蛇行して流れている。
今日の集合場所は京王井の頭線「西永福」駅改札である。西永福駅は1933年(昭和8年)の開業である。しばらくぶりの駅は、駅舎と改札が2階になり、きれいになっていた。2007年(平成19年)に改装されたとあった。西永福駅は渋谷駅から各駅停車で16分、吉祥寺からは11分ほどである。時刻表を見ていたら、8時台は一時間に26本の電車が発車しており、超過密ダイヤでびっくりした。
10時30分、3人が集合して、出発。駅前の標高は42mである。北側に出るとすぐに理性寺があり、参拝する。大きな屋根の本堂がある。1654年に新宿での創建で、1914年(大正14年)に当地に移転したとある。火伏せの大黒天がある。
商店街を通り、方南通を東に進むと、10時50分、大宮八幡宮に到着した(標高44m)。大宮八幡宮は1063年の創建の神社である。大きな朱色の鳥居がある。
北に進むと大きな幸福蛙石があった。この石を運ぶのは大変だったろうとの話が出た。さらに進むと神門があり、奥に碧の屋根の立派な拝殿があった。神門脇には大きな2本のイチョウ、拝殿の周辺はクスノキやシラカシなどの常緑樹の大木で囲まれている。大木の樹林群はなかなか壮観である。
東の門までは300mほど直線の参道があり、両脇は大木で囲まれている。モウソウチク林があり、きれいに編んだ竹垣があった。
11時20分、東側の鳥居を出て北側の道を緩やかに下ると、善福寺川の宮下橋である(標高37m)。善福寺川の脇は都立和田堀公園(面積約20ヘクタール)である。1964年(昭和39年)年8月1日に開園している。
東側には低くなったグラウンドがある。この場所は善福寺川が増水したときに、善福寺川の水を流入させて溜める遊水機能を持たせている。善福寺川の護岸には石垣を高くした工事の跡が残っている。何回も石積みをして、水害対策をしているようだ。
11時50分、池の前の梅の花を見ながら、ベンチで昼食をとる(標高36m)。周囲の樹木が大きくゆったりとできた。ウメの木にはメジロが来て蜜をなめているようだ。人が近づいても、あまり逃げない。だいぶ慣れているようだ。
尾崎橋を通過する五日市街道に13時到着する(標高39m)。ここは自動車の交通量も多く、バス路線もある。さらに北に300mほど進むと善福寺川が大きくU字型に蛇行している。緑地の幅も狭くなってきた。河川の護岸には大きな排水溝の穴がところどころに出ている。ここからは雨の際に雨水が善福寺川に排出されるようだ。
蛇行部を過ぎるとまた幅の広い緑地になった。このあたりの川沿いも白いフェンスに囲まれて、河川改良の工事中である。この辺りも河川が大きく蛇行している。
13時30分、工事中の橋を過ぎると、住宅地になった。集合住宅の団地もある。蛇行する河川沿いを進み、松渓橋(標高38m)から、河川を離れて、荻窪にある太田黒公園を目指して、住宅街を北に進む。
住宅街の細い道路を緩やかに上っていくと、400mほどで大きな緑地に突き当たった。ここが太田黒公園である。ここから東側に回り込むと正門があった(標高45m)。
太田黒公園は面積約9000㎡、1981年(昭和56年)の開園の杉並区立公園である。この公園は太田黒元雄氏の屋敷跡が杉並区に寄贈され、回遊式の日本庭園として整備されたそうだ。NHKラジオの「話の泉」で太田黒氏の名前を聞いている。
庭園を回り入口の方へ進むと、流れの掃除をしている2人がいた。広い庭園の管理はなかなか手間がかかるようだ。
14時20分、門を出て西に進む。このあたりは広い屋敷が多く、大きな樹木が残っている。
坂道を下ると善福寺川の春日橋(標高41m)に出た。善福寺川の両側には住宅やビルが並んでいる。狭い善福寺川沿いの道をさかのぼる。水量は少ない。
14時35分、環状八号線を横断歩道橋で超える。6車線の道路は交通量が多い。善福寺川は北西方向に続いている。堺橋(標高41m)を過ぎて500mほどでJR中央線の高架下の本村橋(標高41m)に到着した。
善福寺川の源流まではさらに4kmほどありそうだ。14時50分、今日はここまでにして、高架に沿って西に進む。
緩やかに上ると、集合住宅や商業施設が並んでいる。まっすぐな通りを1kmほど進み、15時5分、西荻窪駅(標高51m)に到着し、散会した。
武蔵野台地は傾斜が緩やかで、善福寺川は蛇行の繰り返しで流路を形成してきた。都市化が進んで雨水が直接に川に流れ込んで、急激な増水が起こるようだ。そのための防災対策が続けられている。住居としてはよい場所で、古くからの神社や大きな住宅地があり、大木が生育している。川が蛇行しており、住宅地の道路は狭く、方向がつかみにくかったが、徒歩での活動には興味深い地域である。約7㎞の行程でした。
坂場光雄





























