広がっていくサハラ砂漠…
その南の端、サヘルに生きる人びとが安定した生活を営めるように協力し、共に木を育て、森を管理し、砂漠化をくい止めるために活動しています。
近年ではマリ共和国・首都バマコおよび近郊(クリコロ州ファナ地域)で「アフリカの里山再生」事業に力を入れて取り組んでいます。
地域で頑張る苗畑主を講師とした里山再生実践者研修は、多くの研修生(実践者)が受講しそれぞれの村で植林や育苗を実践しています。
また横のつながり(ネットワーク化)ができたことや先駆的な活動をしている苗畑主と師弟関係になったことにより、日本人スタッフが不在の時期でも技術的なサポートを得やすくなりました。

このブログではサヘルの森の活動をご紹介します。
サヘルの森の詳しい活動が知りたい方は こちら をクリックしてください。
ジャパン・バードフェスティバル2025 参加報告
2025年11月1日(土)、2日(日)に千葉県我孫子市で開催された「ジャパン・バードフェスティバル2025」に参加しました。
テント出展で高津が個人的に集めてきた野鳥の巣や猛禽類の仮剥製などを展示しました。1日には、上田さん作成のシジュウカラ用竹筒巣箱の配布も行いました。
隣のテントには、今回が初参加という「北大野鳥研究会」の学生さんたちがグッズや鳥の羽根を持って参加していました。彼らの展示物にエゾフクロウの翼標本があったので、私の袖ヶ浦産フクロウの翼と比較できて、野鳥マニアには好評でした。
上田さんの竹筒巣箱は初日で完売しました。昨年持ち帰った人からは、「シジュウカラが2回も巣作りしました~」といううれしい報告も数件いただきました。
高津佳史
◆谷津田がある大月川源流部は、環境省が行っている「モニタリングサイト1000 里地調査」に参加しています。里地里山という複雑な生態系の変化を全国レベルでとらえることを目指しています。
2025年10月19日(日) ぶらさかば 東中野から代々木公園を歩く
サヘル定例活動
二十四節気の寒露の節気(10月8日~22日)も終盤で秋たけなわである。最高気温は24℃、天気は曇り、午後から雨の予報である。少し涼しく感じ、上着を用意して出かける。
今日の集合は中央線・総武線の東中野駅である。この駅は、南から東側は神田川、北側は旧桃園川に囲まれた武蔵野台地東部の小台地、中野台地にあり、東口前の標高は約29mである。中野区の東部に位置する。駅の開業は1906年(明治39)である。

東側の階段を降り、線路の下を通って東の住宅地を進むと神田川の万亀橋(標高21m)に到着した。神田川はコンクリートで固められた幅7~8m、深さ4mほどの大きな水路で、水は底の方を緩やかに流れている。

北側には線路が見え、電車の通過音が大きく響く。周囲には低層集合住宅などが近接する。
川沿いの狭い遊歩道の左岸を南に進む。川の擁壁には1m以上ありそうな排水口が見られる。大雨の際には大量の水が流れ込むようだ。川があふれそうになった場合の防災警報のサイレンが設置されていた。


青梅街道を横断すると、神田川は南西方向であるが、南の淀橋さくら公園(約面積2300㎡)を通って、南のビルの間を進み、十二社(じゅうにそう)通に出る。
南に進むと、11時10分、熊野神社前の交差点に到着した。丸い屋根の交番(標高28m)がある。南側には十二社熊野神社があった。
11時25分、鳥居を出て東に進むとすぐに新宿中央公園(標高40m)である。公園面積は約8.8ヘクタール、1968年の開設である。周囲は樹木が大きく茂っており、中央には芝生広場がある。小雨が降ってきた。
11時35分、近くにあるエコギャラリー新宿の展示を見学する。資源の利用、環境学習、自然との共生などの取り組みの紹介があった。樹木を植えることへの助成の展示もあった。
11時55分、展示施設を出て公園の大きな樹木の下に移動する。小雨が降っているが、ここのベンチは雨が当たらないので昼食する。東側には新宿西口のビル群が並んでいる。都庁もすぐ前である。外国人もぱらぱらと歩いている。
12時25分、出発する。雨はやんでいる。公園の中を南に進む。陸橋を渡り南のブロックに進む。こちら側のちびっこ広場には遊具があり、たくさんの親子連れが遊んでいた。ケヤキやクスなどの樹木の高さは20mを超えているようだ。
12時40分、区民センター前交差点(標高41m)を南に進む。5分ほどで西新宿ジャンクションの高速道路高架がみええてきた。
高架を過ぎると、白い曲線の壁を持つトイレがあり、写真を撮っている外国人がいた。この辺りからは明治神宮の西参道で歩道の幅が広い。高速道路の高架が西側に続いている。
12時55分、参宮橋を通過する。下には小田急線が通過している。まっすぐ進めば明治神宮の西口であるが、右側の道を南に進む。長い大谷石の石垣が続いている。
門を出て南に進むと隣は代々木公園の駐車場である。入口の標高は25mである。13時20分、公園西口から東へスロープを昇る。この辺りの樹木も大きい。樹高20m以上ありそうだ。
代々木公園の面積は約54ヘクタールと広い。かつては軍の練兵場であったが、戦後は米軍の宿舎施設となり、東京オリンピックの選手村を経て公園になった。開園は1967年(昭和42)10月である。中央の池周辺は改修工事中である。
大きな陸橋で南側に進むと人だらけ。日本インドネシア市民友好文化フェステバルが開催中だった。たくさんの出店があり、すごい人出だった。野外ステージもあり、音楽やバリの金ぴかの民族衣装もあった。中に入ってみるが、身動きが取れないので、さらに南に進む。
NHKの南側(標高32m)を西に向かい、松濤を目指す。地図が小さくてよく見えず、路地を右往左往しながら、松濤1-1(標高20m)の地番を見つける。
西に進み坂を上がると、14時20分低層住宅地の中に戸栗美術館(標高34m)を発見した。陶磁器の美術館である。覗いてみると、たくさんの陶磁器が並んでいる。ここは入り口だけ見て、先に進む。
住宅地は低層で、敷地が広い。ぐるぐる回りながら、14時30分、鍋島松濤公園(標高24m)に到着する。公園面積は約0.5ヘクタール、広場と庭園がある。1932年(昭和7)に鍋島家から寄付され、公園になった。
西に向かって上り、住宅地を南に進むと、14時40分、松涛美術館(標高30m)に到着した。外壁が赤褐色の石張りである。
この辺りは細い道が多くわかりにくいが、道路の表面には神泉駅から美術館まで方向を示す案内板が埋め込んであり、わかりやすい。案内板に従って狭い道をたどっていくと、14時46分、京王井の頭線神泉駅西口(標高30m)に到着した。
東中野駅から神泉駅までは直線距離で約6㎞、山手通りの東側をあちこち訪ね歩いてきた。道路もまっすぐでないので、7㎞ほどは歩いていると思われます。いつもの駅、ルートではないところからの訪問が新鮮でした。松濤は美術館のある閑静な住宅地でした。新たな発見や配置関係を確認できました。いろいろな方面からのアプローチが大切です。
2025年9月20日(土) ぶらさかば 小名木川を歩く
サヘル定例活動
9月20日は白露の節気(9月7日~22日)である。白露になっても暑い真夏日(30度以上)が続いていたが、20日の最高気温予報は27度で、ようやく秋めいてきた。天気は曇り、午後は雨の予報。東京の日の出は5時27分、日の入りは17時42分である。
今日の出発地は都営新宿線の東大島駅である。駅は旧中川をまたいで上部に作られている。駅の東側には荒川放水路がある。この駅は1978年(昭和53年)12月21日、新宿方面からの終着駅として開業した。1983年12月に荒川を超えて、船堀まで延長された。現在は千葉県の本八幡駅とつながっている。新宿駅から東大島駅までは14.1㎞、約30分で到達する。元八幡駅からは9.4㎞、約13分である。駅のホームからは旧中川が眺められる。
駅の西側の大島口は江東区、東側の小松川口は江戸川区である。このあたりは河川の土砂運搬堆積によって作られた沖積地で、海抜0m地帯である。駅の施設は水害対策として、中川水面からホームまでの高さが12mに設置されている。駅前の標高は0mよりも低い-2mである。高い集合住宅もあるが、戸建て住宅や小工場が混在しているようだ。
10時30分、大島口改札に2名が集合した。南側に降りてロータリーを上がっていくと、広い芝生園地のあるわんさか広場である(標高4m)。盛土をして高くなっている。広場は都立大島小松川公園(面積25ヘクタール)の一部で、中川を挟んで広がっている。この公園は災害時には20万人の避難が想定される防災拠点である。
南側の階段を降りると、目の前に江東区中川船番所資料館があった。10時45分入館して3階から見学する。
11時45分出発。ゆっくり見学して昼が近い。東に進み、中川大橋(標高2.3m)を渡ると樹木に覆われた丘があった。
坂道を昇ると、樹林に囲まれた風の広場である(標高13.6m)。
12時を過ぎて、ここのベンチで昼食にする。利用者はまばらである。ジョギングをしている人がいる。ケヤキやコナラの生育もよい。造形物もある。中央に門のようなものがあった。あとで対岸から見ると、昔の水門をそのままにして丘を作ったので、頭の部分が出ているものとわかった。
12時30分、東側に降りると荒川で、川沿いにはサクラがたくさん植えられていた。
13時10分、旧中川の平成橋を渡り上流に向かうと、小名木川にぶつかる(標高0.3m)。ここから直線にして西に4.6㎞余の距離で墨田川につながる。
小名木川は、江戸時代に舟で物資を運ぶために開削された。川幅は20~30mほどある。
川沿いには歩道が整備され、シダレヤナギの植栽もある。陸側には石垣、川側には木製の柵が続いて、よい景観を形成している。
13時30分、小名木川から仙台堀公園を南に進む。ラクウショウやサクラ類など多くの樹木がよく生育している。
子供の水遊び場や水路も併設されている。移設された江戸時代の古い民家「旧大石家住宅」があった。江東区で一番古い建造物で、江東区の有形文化財になっている。屋根裏が広く作られ、洪水の時にはそこに避難して、水が引くまで生活をしたそうである。
池もある。釣りをする人もいる。
さらに東に進むと、間もなく公園工事で通過できなくなった。
大横川もスカイツリー南側の北十間川とつながっていた。
次の交差点(標高0.7m)から北の三ツ目通りを進むと間もなく小名木川の大富橋を渡る。
そこから500mほどで都営地下鉄菊川駅(標高0.3m)である。15時15分に到着した。
墨田川や中川に囲まれたこの地域は河川の堆積物の沖積地であり、平坦な低地である。1910年(明治43年)の洪水を契機として荒川放水路が計画され、1911年から建設が始まり、1924年に通水した。昭和に入り、工業用に大量の地下水が組み上げられたために地盤沈下が進み、江東区の大部分の土地が0m地帯となった。
小名木川は家康が1590年に江戸に入府したときに開設した運河である。江戸の中心部に多くの物資を運ぶ幹線路であった。米や塩が地方から運ばれた。仙台堀や横十間川などたくさんの水路が作られた。現在の木場公園は江戸幕府の貯木場で、大きな材木水路を利用して運搬された。
仙台堀は深川にあった仙台藩の屋敷まで小名木川の途中から水路が開削され、物資を運んだことから名づけられた。現在は氾濫防止対策のために1978年から川幅が1/7に埋め立てられ、公園として整備された。
坂場光雄
7月18日、梅雨明けで本格的な夏になった。夏至から28日、二十四節気の小暑の終盤である。19日東京の最高気温予報は33℃、暑くなりそうである。
今日の集合場所はJR京浜東北線「大森」駅中央改札前である。JR大森駅は品川駅から南へ4.6km、約6分で到達する。東京駅からは11.4㎞、17分の乗車時間である。川崎駅からは6.8㎞、約8分で到達する。
大森駅の開業は1876年(明治9年)6月の開業である。日本の鉄道は新橋、横浜間が1872年(明治5年)である。大森駅はまもなく150年を迎える。行政区は東京都大田区である。
今日のウォーキングコースは東京湾の埋立地にある東京港野鳥公園と大井ふ頭中央海浜公園である。
ビルの間の大きな道路を南東に進む。街区の一角に三角形の入新井公園(面積約3000㎡)があった。公園全体が大きな樹木群で覆われている。
京急本線のガード下を過ぎると第一京浜通で、磐井稲荷神社があった(標高2m)。平安時代の歴史書には名前が出てくるそうで、古い神社である。立派な拝殿がある。
道路沿いには太い日本のイチョウの木があった。二本とも幹には焦げた部分があり、幹の半分は枯れていた。これは第二次世界大戦末期の1945年5月、米軍の空襲で被災したものだそうだ。この傷にもかかわらず、枝葉をよく付けて生存している。
第一京浜を渡って、平和の森公園の北側を進む。道路の北側は平和島競艇場である。平和島公園(面積7.5ヘクタール)の野球場(標高4m)では子供たちが野球の試合中であった。
その東側の湾岸道路沿いを南に進む。湾岸道路を超える歩道橋があり、そこを通って進み、さらにトンネルを通って南側に抜けた。
ここからは環七通で、東へ進むと、東京モノレールのガードがあった。南側には橋上の流通センター前駅が見えた。
さらに東へ進むと、京浜運河(幅約150m)があり、大和大橋を渡る。
5分ほどで湾岸道路を過ぎ、交差点から300mほど歩くと、11時40分、東京港野鳥公園に到着した。野鳥公園の南側は中央卸売市場大田市場である。
東京港野鳥公園は面積が36ヘクタールで、1978年(昭和53年)4月の開園である。埋立地を利用して、樹林地、草地、湿地、水面など様々な環境が作られている。
入園料金は大人300円(65歳以上は150円)である。入口の標高は10.4m、樹林に囲まれた芝生広場で一休み。東に向かうと長さ100mほどの陸橋(いそしぎ橋)があり、下は大田市場の侵入道路と東海道貨物線である。
樹林地を200mほど進むと、ちょうど12時に、3階建てのネイチャーセンターに到着した。東側には広大な草地や潮入りの池が広がっている。
ネイチャーセンターからは池の中の杭の上に並んだたくさんのカワウが観察できた。カワウは足に水かきがあり、太い安定した杭は止まれるが、傷んで細くなった杭は止まりにくく、何度も落ちかけていた。カワウは風に向かって、同じ方向を向いている。
ネイチャーセンター内は冷房が効いており、1階、3階は食事ができるので、3階で昼食をとる。観察の人はパラパラで、大きなカメラを持って撮影している。
2階にはたくさんの展示があった。観察できる種類ばかりでなく、海洋に漂うプラスチックが野鳥に与える影響の展示もあった。これまでアホウドリと呼んでいたものがオキノタユウになっていた。
13時、ネイチャーセンターの地下1階にある干潟の観察場所を見て、出発、南側の樹林帯を進み、観察小屋を覗いていく。思っていたよりも近くで観察できる。
前浜干潟観察デッキまで行って戻ってくる。入口から観察デッキまでは800mほど、樹林他大きく生育しているので、日差しがさえぎられる。ホルトノキに花が咲いていた。
入り口管理事務所の西側には自然生態園があった。池や農地があり、里山の観察場所である。
散策路が整備されており、散策する。
14時、野鳥公園を出発し、交差点を渡る。東に進むと京浜運河沿いにある大井ふ頭中央海浜公園である。
公園の面積は45.4ヘクタール、1978年4月の開園である。陸上競技場、野球場、テニスコート、ゲートボール場などスポーツグラウンドは東側に並んでいる。
京浜運河沿いには樹木に囲まれた遊歩道が整備されている。開園から47年、クスノキやクロマツは樹高15~20mに生育している。
シナサワグルミの木には実がぶら下がっていた。
4mほどの高さに生育した観葉植物のカポック(シェフェレラ)が実を付けていた。
バーベキューができるスペースもあった。運河沿いでは魚釣りをやっている人もいた。対岸にはモノレールの大井競馬場駅が見え、その周りには大井競馬厩舎があるようだ。
勝島橋の通りを渡り、引き続き、京浜運河沿いを進む。ここからは京浜運河緑道公園である。東側一帯は集合住宅が並んでいる。
15時を過ぎて、八潮団地入口から曲線の八潮橋を渡る。ここからは羽田モノレールが見えた。
西に進むビルの間を通って湾岸道路を横断し、500mあまりで第一京浜通である。ここを北に向かうと5分ほどで青物横町駅に到着した(標高4m)。15時30分散会した。
梅雨明けの暑い一日だった。大森駅から野鳥公園まで1時間余、野鳥公園から大井ふ頭中央海浜公園を経て青物横丁駅まで1.5時間、野鳥公園内の散策を含めると、約12㎞の行程である。
この埋立地に公園が開設して47年、ようやく樹林帯が生育してきたところである。樹林地は埋立地の人工林であるため、種構成はまだまだ単調である。
景観に配慮しながら、生物多様性を高められるような管理を期待したい。
































































































